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久々に二度読み返す正論

久々に二度読み返す正論
お見事!!今朝の正論
保坂恭一

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100310/stt1003100402000-n1.htm

【正論】立命館大学教授、大阪大学名誉教授・加地伸行

2010.3.10 04:01

国民は武士道的官僚を信頼する

 民主党政権は諸省庁に対して、〈政治主導〉だと言う。

 その根拠は民主主義すなわち選挙によって国民が民主党を選び政権を委託したではないか、というわけである。だから、他党はもちろんのこと、官僚も民主党の言うことに従えと主張している。

 ≪国会議員は「神さま」でない≫

 嗤(わら)ってしまうとはこのことである。この理屈を支えているのは、選出された国会議員を〈選良〉どころか〈神さま〉に仕立てあげている単純な選挙至上信仰である。

 冗談ではない。できあがった人間集団、すなわち組織の場合、まずは2割ぐらいはまともであるが、あとの8割はどうしようもない連中というのが通例である。

 国会議員とて例外ではない。まともなのは2割そこそこ。そのことをよく心得ているのが小沢一郎民主党幹事長である。だから、口を開けば、選挙区に帰って次の選挙に勝つよう努力しろと言っている。すなわち、お前らは盆暗(ぼんくら)と言っているのと同じではないか。

  国会議員は神さまではない。それどころか、多くは怪しげな雰囲気。4億円の、12億円の、といった悪銭の腐臭が立ちこめている。叩(たた)けば埃(ほこ り)どころか必ず悪臭が漂ってくる連中が多い。われわれ国民は大半の国会議員を信頼していない。むしろ官僚を信用しているのである。なぜか。

 ≪国家を背負って立つ気概≫

 明治維新後、日本が図った近代国家とは、要するに当時の欧米諸国の物まねであった。その最大の物まねショーが国会開設であり選挙であった。しかし、物まねとは外形(形式や制度)のことであり、内面性(精神や本質)の導入は困難であった。

 その結果、今日に至るまで物まねショーが続いている。すなわち当選するために選挙民に対して徹底的に媚(こ)び諂(へつら)い、利権ばらまきの約束をする。

 しかし、このような形で登場する政治家は、たかだかこの100年の話にすぎない。それ以前の政治家、特に江戸時代の武家為政者の精神(公への忠誠)は近代国家になっても続いてきており、窮極(きゅうきょく)的には近代官僚(主として中央省庁官僚)の精神となってきていた。それは、一言で言えば、国家を背負って立つ気概である。

 つまり、日本における近代国家化の過程で二種の政治家が生まれたのである。一つは選挙を通じて生まれる民選政治家(いわゆる国会議員)、もう一つは、国家試験合格者の国選政治家(いわゆるキャリア官僚)である。

 民選政治家は、選挙が頼りであるから、国家のことよりも選挙区が大切となりやすく、しぜんと選挙区の利害とつながりやすい。

 国選政治家は、国家百年の計を第一とするから、国民生活に対する配慮に欠けることもあり、国民に憎まれやすい。

 両者それぞれ一長一短がある。しかし、一者のみであると、国家はバランスを欠く。両者の節度ある対立があるほうが、むしろ国民のためには良いのである。

  その意味では、両者には上下はなく、対等であるべきである。ところが欧米流に、国会議員が上で、官僚が下だ、という観念が普及している。その結果、今日、 民主党政権による無惨な大衆迎合行政が行われようとしている。この大衆迎合の行きつく先が国家崩壊であることは言うまでもない。

 ≪誤れる大衆迎合的な政治≫

 とすれば、ここで足を踏んばるべきは官僚諸公ではないのか。

 もちろん、それができるためには、みずからも身を正さねばならない。その第一は、身の処しかたである。

 世上、特殊法人をすべて極悪のように言うが、それは浅薄な誤解である。必要な特殊法人はかなりある。官僚が退職後にそこに勤務することがあっていい。ただし、思いきって給料を引き下げることだ。あるいは一律に年間300万円でいいではないか。年金は早期に給付する。

 一般に、日本の官僚は清廉である。中国や韓国の官僚のような収賄したい放題とは全く異なる。武士道が生きている。この点を日本人はよく知っている。日本人は官僚を信用しているのである。また日本人の深層心理として、難関の国家試験を突破してきたキャリア官僚に対する畏敬(いけい)の念もある。

  官僚諸公よ、奮起せよ。国家的見地から堂々と発言し、民主党の誤れる大衆迎合的政策案を批判すべきである。諸公がもし、主君を求めるならば、それは大臣や 政権ではなくて〈国民〉である。現在の大臣や政権は、国民に対して選挙用に〈一つの案〉を提示したにすぎない。当然、その案は国家的見地から検討すべきで あり、それができるのが官僚なのである。国民は武士道的官僚を信用しており、何億円もの腐臭まみれの民主党議員らを信頼していないのだ。

 議会制民主主義の形は全世界同一ではない。その国の歴史や国民の意識に基づき、独自の在りかたがあっていい。わが国の場合、民選政治家への抑止力として国選政治家の価値を高く評価してその位置・組織を支持すべきである。(かじ のぶゆき)

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