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再掲・菅直人の原点と なった朝日ジャーナルの論文

Bakan1121

http://book.asahi.com/special/TKY201010290340.html

5万部のベストセラー『筑紫哲也』で読む「永遠の好奇心」

 民主主義を市民参加でいかにつくり直すか。1976年、政治家・菅直人の原点となる論文が「朝日ジャーナル」に載った。担当デスクは筑紫さん。以来、「ジャーナリストとして、いちばん重要な存在」だった―― (文・渡辺節子)

  ◇

 2009年秋。歴史的な政権交代を果たし、民主党政権の目玉となる国家戦略局担当相に決まる直前だった。東京・永田町にある衆議院議員会館を訪ねると、菅直人(63)はためらいなく靴を脱ぎ、ソファの端にあがって、棚から色褪せた2冊の「朝日ジャーナル」を取り出した。

 衆院議員として編集長だった筑紫哲也との対談記事が載ったものと、社会保障について自身の論文が掲載されたもの。それぞれ1986年と87年に発行されている。

「じつは、これよりもっと古いジャーナルに、筑紫さんと出会うきっかけとなった、私の政治家としての原点ともいうべき論文が載っているんですよ。いまは手元にないんだけどね」

 その言葉を受けて、用意していた記事のコピーを差し出すと、

「これだよ、これ。いやあ、懐かしいなあ」

 菅は感慨深げに見入った。

 論文のタイトルは「否定論理からは何も生まれない」(76年12月3日号)。

「これを載せてもらったのは、私が初めて総選挙に立候補したときでね。私が書いた論文を、仲間がいろんな雑誌の編集部に持ち込んだんだけど、なかなか掲載されなくて。もうダメだろうとあきらめていたら、なんと公示後にジャーナルに載った」

 当時、菅は筑紫とは面識がない。

「ただ、これを担当したのは副編集長の筑紫さんだった、とあとから聞きました。ジャーナルは田中金脈を徹底的に特集していたから、形骸化した民主主義を市民参加でいかにつくり直していくかを問う私の論文を取り上げてくれたんじゃないかな」

 菅はそう振り返りつつ頬をゆるめた。

「ほかの候補者の名前はいちおう書いてあるけど、選挙期間中に特定の候補の主張を4ページも載せるなんて、ありえないことだよね。選挙は次点だったけど、もし当選してたら、かなり問題になったんじゃない?」

 編集部執筆による前文は、論文がもつ意味をこう伝えている。

〈この国では棄権することが否定論理好きな都会インテリの“勲章”とすら化している傾向があり、越山会型政治に拮抗する勢力が弱体なことが、保守政治を支えている。そうであってはならぬ、どこかに突破口がないかと、こんどの選挙で実験を試みている一つの例を紹介する〉

 批判覚悟で論文を取り上げた編集者の、並々ならぬ意思と問題意識が伝わってくる。見出しは通常、担当する副編集長がつけるため、「否定論理からは何も生まれない」というタイトルは、筑紫によるものと思われる。

「自分で書いたものだけど、このタイトルを見て、私の論文はこういう意味があるのかと気づかされました。ロッキード事件を追及する側は『けしからん』というだけで、じゃあ、そのあとに何があるのかというと、それに代わってどうしようというのがなかったわけです。自民党に代わって政権を担いうる政党をつくらないといけない。私はこのとき、かなりハッキリと書いているんだよね」

 それから33年後、雑誌に掲載された論文は現実のものとなった。

「私にとっては、これがすべての始まりでした。その思いを真正面から受け止めてくれたのが朝日ジャーナルであり、筑紫さんだったのです」

 菅は、こう続けた。

「ジャーナリストとして、私にとっていちばん重いというか、とても重要な存在でした」

衆議院議員会館の部屋で、大切にしてきた朝日ジャーナルの誌面を机に並べたまま、菅は言った。

「『否定論理からは何も生まれない』。

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