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それを言っちゃー・・・・

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120313/kor12031303260000-n1.htm
【から(韓)くに便り】
日韓相互理解と大震災 ソウル駐在特別記者・黒田勝弘
今から1年前、東日本大震災に際して韓国では日本に対する異例の“救援ブーム”が起きた。反日愛国キャンペーンではいつも先頭に立つマスコミが、今度は「日本がんばれ」と大々的な対日救援キャンペーンを展開した。

 さまざまな人や団体からたくさんの支援金が寄せられ、その額は台湾、米国に次いで3番目となった。この日本救援の盛り上がりに日本人はもちろん、韓国人自身が驚いた。日本はいまなお「嫌いな国」となっている韓国だから、これには双方で「革命的なできごと」「劇的な変化」といった声が上がった。

 ところがすぐ後に、日本の教科書検定で「竹島」をめぐる領土問題が再燃すると、とたんに救援ブームはしぼんだ。マスコミでも「あんなに日本を思ってやったのに…」「善意が裏切られた」などと、不満が堂々と語られた。

 これには日本人が驚いた。「日本ガンバレや救援運動は計算ずくだったのか」「それを言っちゃあ、おしまいよ」…と。

 結果は“元のもくあみ”で、日韓関係に革命的変化も劇的変化も起きなかった。世論調査では、日本では韓流ブームもあって韓国に対する親近感は50%を超えるほど劇的に変化しているが、韓国ではいまなお50%以上が「日本は嫌い」のままだ。
では、韓国での当初の日本支援の気持ちは嘘だったのかというと、それはそうではなかったと思う。当時、テレビ映像などで伝えられた津波のものすごさや、それがもたらした惨状は、間違いなく韓国人の気持ちを激しく動かした。テレビを見ながら涙を流す人もいた。

 そこに日韓関係など入り込む余地はない。ひたすら「大変だ」「かわいそう」だった。

 経験的にいって、悲劇には日本人より韓国人の方がはるかに感情的、感傷的、情緒的である。日常的にも不幸な人に出くわすとわれを忘れて助けたがるし、恵みたがる。黙ってみていられないのだ。

 だから救援ムードは純粋だったし政治的計算はなかったのだが、にもかかわらず領土問題が再燃して「裏切られた」となった背景は、これもやはり韓国らしいできごとではなかったかと思う。

 日本人の筆者は当時、韓国マスコミとのインタビューなどで「領土問題がらみで“譲れ”みたいなこと言えば救援の純粋性が疑われて損じゃないのか」と自制を勧めたのだが、韓国人には日本流の「それを言っちゃあ、おしまいよ」が通じない。

 日本人なら、それを言いたくても言わないようにする“遠慮”が働くが、韓国人は遠慮せず「言っちゃう」のだ。感情、気持ちを隠さないという意味で実に正直なのだ。

 感情に忠実あるいは正直というのは、日本のはやり言葉でいえば“ジコチュウ(自己中心)”になりやすい。韓国での日常風景でも、韓国人は聞き上手では全然なくて、圧倒的に話し上手なのだ。酒席ではみんなが「オレの話を聞け!」と言い合っている。

 そんな韓国が、日韓の歴史認識や教科書問題などで「自国中心主義」などと日本を非難するのにはいつも苦笑させられる。大震災で寄せられた韓国人の積極救援には感動を新たにしつつ、日韓相互理解の難しさも改めて感じている。

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