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カナコロの主張

「売春と慰安婦は違う」 関東学院大・林博史氏、NHK会長の発言で

カナロコ by 神奈川新聞 2月5日(水)14時0分配信    

               
                   
「売春と慰安婦は違う」 関東学院大・林博史氏、NHK会長の発言で                    
                   

林博史氏

               

◆反省なき戦後を反映

 旧日本軍の従軍慰安婦問題をめぐり、NHKの籾井勝人会長が「戦争をしているどこの国にもあった」と発言した。就任会見で語られた発言は根拠が不明確な 上、慰安婦の実態や人権への基本的な認識を欠いているという点においても公共放送のトップとしての資質が問われるものだ。慰安婦問題に詳しい、関東学院大 の林博史教授に発言を検証してもらった。

(1)「戦争をしているどこの国にもあった」

 慰安婦制度の実態について公文書や資料、証言などを基に調査研究を続ける林教授は言い切る。「第2次大戦中に限れば、慰安婦制度があったのは日本とドイツだけだ」

 林教授らが慰安婦問題の理解のためインターネット上に開設したサイトでは、日本軍慰安婦制度の特徴として計画の立案、女性集めと輸送、慰安所の管理など すべてが軍の管理下に置かれ、時には軍が直接実施している点を列挙。こうしたケースはナチス・ドイツの例を除いてあり得ないとしている。

 それがなぜ、「どこの国にもあった」ことになるのか。

 「一般の売春と同じものだと意識的にねじ曲げて理解し、一般の売春であればどこの国にでもあると考える。そういう理屈なのだろう」

 林教授がそう指摘する思考の回路は籾井氏の発言内容からもうかがえる。

 籾井氏はドイツのほか、フランスを挙げた上で「ヨーロッパにはどこだってあった」と発言。「なぜオランダに今も(売春街を示す)飾り窓があるんですか」とも述べている。

 「慰安婦制度は軍が組織的に女性を集め、公然と管理・運営したもの。日本軍の場合は海外への輸送まで軍の船やトラックを使った。そういう意味で一般の売春とは明確に区別しなくてはいけない」

 第2次大戦後では、朝鮮戦争で韓国軍にも慰安婦制度があったとされるが、「当時の韓国軍の幹部は多くが旧日本軍の一員だった。つまり日本軍が残したあしき遺産を踏襲したものだった」

 籾井氏は記者から発言内容の根拠を問われ、「なかったという証拠もない」と反論した。林教授は「同じような制度がほかの国にもあったというならば証拠を示すべきだ」と指摘する。

(2)「今のモラルでは悪い」

 戦前の日本には公娼制度があった。特定の業者と女性たちが売春業を営むことを公認し、警察に登録させるものだ。

 「この制度が存在していたのだから、慰安婦制度もその延長にすぎず、当時はあって当たり前だったと主張する人もいる。だが、実際はそうではない」

 20世紀に入り、公娼制への反対運動は急速に高まった。全国の県議会で「事実上の奴隷制度」との批判が相次ぎ、廃止決議が出された。1930年代には国際連盟も問題視し、日本政府は公娼廃止に乗り出した。

 「公娼制は当時のモラルで考えてもおかしい制度で、廃止に向かっていた。その動きに逆らって導入されたのが慰安婦制度だ。その制度を軍が組織した。当時も決して当たり前だったわけではない」

 98年には国連人権小委員会で採択されたマクドゥーガル報告書が「慰安婦が自由を奪われた事実上の奴隷で、奴隷制は当時も国際法に違反した」と指摘。戦後の日本政府も損害賠償の責任を負っているとしている。

 また、当時から海外に連れていくために人身売買やだまして連行することは国外移送目的誘拐罪に当たった。実際に軍から女性を集めるよう依頼を受けた業者が警察に逮捕されるケースも存在したという。

(3)「日本だけが強制連行をした」

 林教授は誘拐事件を例に挙げて説く。「誘拐事件で問題となるのは連れ去った先での監禁行為だ。暴力的に連れ去ったか、言葉でだまして連れ去ったかは問題ではない」。同じことは慰安婦問題でも言うことができる。

 前出のサイトでは、女性たちがどのように連行されたかについての証言を紹介している。「無理やり日本軍人にトラックに乗せられた」といったものから「日本の工場に入れてあげる」「勉強ができてお金がもうかるところに連れていってやる」とだまされたケースまでさまざまだ。

 林教授は「慰安所に女性を連れて行き、働かせたことが一番の問題だと捉えるべきで、強制連行を論点にすること自体が誤っている」と話す。サイトでは「慰 安婦問題の本質は何か?」と題し、強制連行の有無を問題にすることを「論点のすり替えであり、重大な問題から人々の関心をそらそうとするもの」と指摘して いる。

 では、ためらいなく発せられた籾井氏発言の背景にあるものは何か。

 「一番の問題は日本の戦争責任の取り方。戦争への反省が十分されていないところにある」

 それは、旧日本軍の関与や強制性を認めた河野洋平官房長官談話を見直そうとする政治家の動向や、中学校の教科書から従軍慰安婦の記述が消えたこと、ある いは在日コリアンへの差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)が街中で横行していることともつながっていると、林教授はみる。

 「過去と向き合いきちんと反省していれば、社会の基盤となるような価値観が共有されていたはずだ。その価値観とは自由であり、民主主義であり、基本的人 権の尊重でもある。それを踏みにじることは政治的立場を問わず、許されない。つまり、日本社会のありようにかかわる問題だ」

■はやし・ひろふみ
 1955年、神戸市生まれ。関東学院大経済学部専任講師、助教授を経て現職。専攻は現代史、戦争・軍隊論。日本の戦争責任資料センター研究事務局長。昨 年8月には吉見義明・中央大教授らとともに、慰安婦問題の理解のためのサイト「FIGHT FOR JUSTICE 日本軍『慰安婦』-忘却への抵抗・未 来の責任」(http://fightforjustice.info/)を立ち上げた。

〈慰安婦についての籾井氏の発言要旨〉
 「戦時中だからいいとか悪いとかいうつもりは毛頭ないが、この問題はどこの国にもあったことですよね。違いますか」

 「慰安婦そのものがいいか悪いかと言われれば、今のモラルでは悪い。じゃあ従軍慰安婦がどうだったかと言われると、その時の現実としてあったということ」

 「従軍慰安婦が韓国だけにあって、ほかになかったという証拠がありますか。戦争をしているどこの国でもあったということ。ドイツやフランスにはありませんでしたか。ヨーロッパはどこでもあったでしょう。では、なぜオランダには今でも飾り窓があるのですか」

 「韓国がやっていることで一番不満なのは、韓国が、日本だけが強制連行をしたみたいなことを言っているからややこしい。だから、お金をよこせ、補償しろと言っている。日韓条約ですべて解決している。それをなぜ蒸し返されるのか。おかしいでしょう」

■従軍慰安婦問題■
 1930年代から45年の敗戦まで日本の戦地・占領地で軍が造った慰安所で軍人・軍属の性の相手をさせられた女性たちのこと。日本人もいたが朝鮮人、中国人、フィリピン人、インドネシア人など日本人以外の比率が圧倒的に多かった。

 91年に元慰安婦の韓国人女性が名乗り出て政治・外交問題化した。政府は、民間業者によるもので軍の関与はないと主張してきたが、調査の結果、93年に軍の関与のほか強制性や人権侵害があったことを認める河野洋平官房長官談話を発表した。

 95年には「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)が創設され、首相のおわびの手紙と民間募金による償い金が渡されることになった。364人が償い金を受け取ったが、あくまで国家による賠償を求めて受け取りを拒否した元慰安婦も多くいた。

 河野談話以降も、政治家からは慰安婦は自由意思で売春をしたといった談話の内容を否定する発言が相次ぎ、2007年には第1次安倍内閣が、軍や官憲による強制連行を直接示す資料は見当たらなかったとする内容を閣議決定した。

慰安婦問題

2007年4月、林は東京大学社会科学研究所図書館所蔵の東京裁判尋 問調書を根拠として、日本軍が組織的に現地女性を強制的に慰安婦にする行為があったとする指摘を行なった。その尋問調書や陳述書は「インドネシア・ジャワ 島やベトナム・ランソン、中国・桂林などで日本軍が現地女性らを強制的に慰安婦にしようとした」と証言している内容であった[6][7]

2007年4月17日、吉見義明との共同記者会見で、「先月公開された国会図書館の靖国神社の資料で、慰安所を経営していた人物が靖国神社に合祀されていることが明らかになった。また、戦犯裁判所で有罪判決を受けて処刑された軍幹部もまた靖国神社に合祀された」と述べ、「女性たちを誘拐した人や戦犯で処刑された人物が靖国に祀られているのは深刻な問題だ。日本政府は反省すべきだ」と要求した[8]

2008年6月にはイギリス国立公文書館で、日本軍が敗戦直後に日本人慰安婦を補助看護婦として雇用していたことを、初めて文書で確認した。林はこ の史料を軍が慰安婦管理に深く関わっていたという見方を補強する史料であるとし、また、看護婦とすることで軍が慰安婦の存在を連合国側から隠蔽しようとし たのではないかと主張している[9]。ただし、「帝国軍隊従軍記 現代史の証言4--千田夏光 (1975年)」には「親切な軍医さんが私たちを看護婦だと英国兵にウソを言って一緒に復員船へのせ連れて帰ってくれました。」という記述があり、以前から知られていた事実だと言える。

2009年3月、林は吉見義明らと共同で戦争と女性の人権博物館の呼びかけ人となる[10]

2009年5月21日、VAWW-NETジャパンの公開ワークショップ2009で、太平洋戦争の沖縄戦における日本軍慰安所・性暴力の展開について報告した[11]

http://www.shukenkaifuku.com/past/yomimono/12_1_15.htm

関東学院大学 林 博史 様

 

平成12年1月15日

関東学院大学経済学部 不経済学科零年生 元乃黙阿弥

 

 

【捏造で名を為す林博史】

「井の中の蛙大海を知らず」とは、小学生でも知る世間知らずを指す諺。

我が関東学院大学でつい先日(平成12年1月13日)、この諺を大衆の面前で実践し、世間の顰蹙(ひんしゅく)を買い、本学の名誉を汚した人物がいる。学生ならば、今時の若者はということで、見逃すことも出来るがそうではありません。

何と!本学の教授を名乗るものだから、半信半疑が天地驚愕ビックリ仰天、その名も経済学部の林博史だ。

御本人の学者としての名は、専門より「慰安婦強制連行」と「日本兵の赤 ん坊串刺し事件」のデッチ上げでつとに有名。つまり、琉球大学の高島伸欽とグルになり、反日捏造家として「有名」であります。本学に学ぶ学生にとして、気 が滅入ることこそあれ、何一つ先生を自慢できるものがありません 

 

【ウッカリが不運の始まり林博史】

場所は東京外語大学、1月13日に「インドネシア占領の記憶」と称する展示討論にパネラーとして出席。内容たるや何のことはありません。根拠なき日本の“非道“をあげつらい、オランダ350年の植民地支配の残虐を糊塗する反日偏向展示でした。

林先生にとってインドネシアは全くの門外漢。にも拘わらず反日の同類・外大の岩崎稔先生から誘われたものだから気軽に快諾、飛びついた。その「ウッカリ」が林先生の不運の始まり。

インドネシアなんて何一つ話せないものだから、例の如く「朝鮮人慰安婦 強制連行」「女性国際戦犯法廷」等々を口に・・・。これにはさすがの忍耐強い外大の学生からも失笑とヤジが。学生ばかりでありません。何せ当日、インドネ シア在留の元日本兵やその親友や大先輩が、さらには「女性国際戦犯法廷」の放映中止の立役者・西村修平さんらが大勢いらっしゃいましたからもう堪りませ ん。この方々から、林先生は厳しく詰問され、厳しい叱責を受けてシドロノモドロ!

 

【学生と本学の名誉を汚す林博史】

ことが、ここに至って初めて事態の深刻さに気づいたがもう手遅れ。岩崎 等も誰も助けてくれない。先生の顔は蒼ざめ、右顔面に痙攣を生じ、その痛々しさは目を覆うばかりでした。先生の教え子として、顔から火の出る思いをしまし た。教授と学生の身分の違いはあれ、関東学院大学に籍を置くことがこんなに恥ずかしく、辛いことかと!本学の知的レベルが疑われ、大学と学生の名誉を傷つ けた先生の罪は余りに重い。

 

【自ら持ち上げた石で足を打つ林博史】

挙げ句の果てに討論終了後、林先生はデッチ上げの根拠を問う参加者の質 問に恐れをなし、会場の教室に鍵を掛け閉じ籠もる醜態までご披露された。これで大学教授とは、堂々として欲しかった。あなたは(関東学院大学から)借りて きた猫を演じないで「大学教授」を演じてください。「大学の中の林教授 大海を知らず」 こんな先生に教えを頂くために。高い授業料を払う両親に申し訳が立ちません!林先生!

伝統ある本学経済学部が林先生の不始末で、「不」経済学部に衣替えしな いようお願いするばかりです。この度の醜態は全て、先生御本人の身からでた錆です。反日家業にうつつを抜かしてきた不徳の行き着くところであり、誰のせい でもありません。くれぐれも言動には気を付けてください。

 

大学や浜の真砂は尽きるとも世に盗びとの種は尽きまず(大学五右衛門)

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