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教科書は朝日新聞のモノだった・・・・昔は

社説

検定発表―教科書はだれのものか

2015年4月7日(火)付


 教科書は、国の広報誌であってはならない。

 来春から中学校で使う教科書の検定結果が発表された。

 文部科学省は今回の検定から新しいルールを用いた。

 教科書編集の指針を見直し、領土問題について日本政府の考え方を書くよう求めた。

 検定基準も、慰安婦や戦後補償など政府見解がある事柄はそれに基づいて記すよう改めた。自民党の意向に沿ったものだ。

 これまでの検定は、教科書会社が書いてきた記述を前提に判断する姿勢だった。それを具体的に書かせる方向に転換した。

 結果はどうだったか。

 領土問題は、社会科の全社が扱った。「日本固有の領土」「竹島を韓国が不法に占拠している」など編集の指針をなぞる社が多い。相手国の主張や根拠まで扱った本はほとんどない。

 これでは、なぜ争っているか生徒にはわからない。双方の言い分を知らなくては、中韓やロシアとの間で何が解決に必要かを考えるのは難しいだろう。

 文科省は答えが一つでない問いについて、多様な人々と話し合いながら解決の道を探る力を育てようとしている。その方向とも相いれない。

 社会科の教科書は、国が自分の言い分を正解として教え込む道具ではない。

 子どもが今の社会や過去の歴史、国内外の動きを理解するのを助けるためにある。

 政府の見解を知っておくことは悪いことではない。ただ、それは一つの素材に過ぎない。

 例えば戦後補償問題の場合。戦争で被害を受けた人々の証言、彼らの生きた戦後、中韓や欧米、国連の動きも併せて紹介し子どもが考える。そんな教科書が求められるのではないか。

 どんな教科書をつくるかは、出版社が判断することだ。国の検定は控えめにすべきである。

 政府見解は絶対的なものではない。時の政権で揺れ動く。

 検定でそれを書くよう強いれば、合格がかかるだけに教科書会社や執筆者は萎縮し、政府の主張ばかり記すようになる。

 教育内容が国に左右される危うさを、この社会は先の大戦で痛感したのではなかったか。

 教科書を選ぶ作業が、これから各自治体で始まる。

 今月から、自治体の長が設ける「総合教育会議」の制度が始まった。首長の教育への関与を強める狙いだ。

 だが、教科書採択はあくまで教育委員会の権限である。

 我が街の子どもに、どの教科書がふさわしいか。教委は教育の視点でこそ選んでほしい。

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