北海道焼肉 ふらの~肉割烹~ ローストビーフ丼

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さんまの蒲焼弁当

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バリウムを飲んで作る ウズラの卵

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白菜と豚肉の味噌バター焼きそば

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きっちん伊呂波 東日本橋に移転

http://www.nicovideo.jp/watch/sm28143944

きのうは節分だったので、久々に「きっちん伊呂波」で厄落としすっかと、トリスハイを飲みつつ歩いて向かうが・・なんと中華屋に変身・・ありゃ潰れたかと思ったが、引っ越したようで、店の人に聞くのも悪いからネットで見たら、よく知ってる場所。

なんだあそこらかと、またトリスハイ買って引き返すが・・・ドアが開かない・・・なんだ休みかと思ったら、なんでもおかみさん交通事故に遭われて入院中のようで、しばらく休むそうな。なんとかご無事で復活してほしいもの。

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俺のラー油肉そば

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赤い華なら紅ショウガ

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関東醤油仕立て 焼とん重 ほっともっと

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とんとんすろー

焼とん重

とんこつワンタン

コールスローサラダ

がきょうの昼飯なんで、とんとんスロー

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虎屋の逆美談

十七代 黒川光博より 赤坂本店をご愛顧くださったみなさまへ

赤坂本店、および虎屋菓寮 赤坂本店は、10月7日をもって休業いたします。
室町時代後期に京都で創業し、御所御用を勤めてきた虎屋は、明 治2年(1869)、東京という全く新しい土地で仕事を始める決断をしました。赤坂の地に初めて店を構えたのは明治12年(1879)。明治28年 (1895)には現在東京工場がある地に移り、製造所と店舗を設けました。

昭和7年(1932)に青山通りで新築した店舗は城郭を 思わせるデザインでしたが、昭和39年(1964)、東京オリンピック開催に伴う道路拡張工事のため、斜向かいにあたる現在地へ移転いたしました。「行灯 (あんどん)」をビルのモチーフとし、それを灯すように建物全体をライトアップしていた時期もありました。周囲にはまだ高いビルが少なかった時代で、当時 大学生だった私は、赤坂の地にぽっと現れた大きな灯りに心をはずませたことを思い出します。

この店でお客様をお迎えした51年のあいだ、多くの素晴らしい出逢いに恵まれました。
三日にあげずご来店くださり、きまってお汁粉を召し上がる男性のお客様。

毎朝お母さまとご一緒に小形羊羹を1つお買い求めくださっていた、当時幼稚園生でいらしたお客様。ある時おひとりでお見えになったので、心配になった店員が外へ出てみると、お母さまがこっそり隠れて見守っていらっしゃったということもありました。

車椅子でご来店くださっていた、100歳になられる女性のお客様。入院生活に入られてからはご家族が生菓子や干菓子をお買い求めくださいました。お食事ができなくなられてからも、弊社の干菓子をくずしながらお召し上がりになったと伺っています。
このようにお客様とともに過ごさせて頂いた時間をここに書き尽くすことは到底できませんが、おひとりおひとりのお姿は、強く私たちの心に焼き付いています。

3年後にできる新しいビルは、ゆっくりお過ごしになる方、お急ぎの方、外国の方などあらゆるお客様にとって、さらにお使い頂きやすいものとなるよう考えています。
新たな店でもたくさんの方々との出逢いを楽しみにしつつ、これまでのご愛顧に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

虎屋17代
代表取締役社長 黒川光博

TODAY1∞ まあ美談なのだが、毎朝羊羹を買いに来るなんてそうとうな金持ちの、ハナモチならないやつだろう・・くらいに思っていたが

日曜日の番組だっかた、その美談の女性と子供がたまたま取材してたら居たとかで、さっそくインタビューしていたが、やっぱりそんな感じのお金持ちで、はあやっぱ別世界の人種がいるんだなあと逆恨みの嫉妬

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