がんばれ・・としか言えないな

Oobaka

がんばれしか言えないのか」 菅首相が視察の石巻で住民が不満の声

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110410/dst11041012430029-n1.htm

菅直人首相は10日、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市を視察に訪れた。被災地訪問は3回目となるが、同市の石巻商業高校に避難していた住民からは「がんばれしか言えないのか」「もっと具体的な対策を教えてほしかった」と不満の声があがった。

 午前11時15分ごろに同校入りした菅首相は、自衛隊と共同で周辺のガレキ撤去にあたっている米軍の兵士らに「ありがとう」と声をかけた。その後、約60人が避難している校舎内を訪れ、住民らに状況を聞いて回った。ほとんどの住民が家屋の片づけなどで外出しており、校舎内には15人程度しかいなかった。

 市関係者によると、5~6つの教室に別れて生活している住民を1カ所に集めるように、政府側から市に要請があった。しかし市側は「それでは避難所の実情が分かってもらえない」と拒否。当時は1教室に2~3人しかいない状態だったため、菅首相が訪問したのは2部屋だけだった。

 女川町から同校に避難していた漁師の男性(34)は「首相には笑顔で握手され、『がんばってください』と言われた。それしか言えないのだろうが、自分たちが欲しいのはそういうことではない」。

 自分のいた部屋に菅首相は来なかったという別の漁師の男性(38)は「1年なのか2年なのか、復興にかかる時間を明確に示してもらいたかった。石巻には一度来る予定だったのが流れていたから、来ないわけにはいかなかっただけだろう」と話した。

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見栄はって 四十肩だと 五十歳

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アエラと安田弁護士&朝日新聞

アエラ

朝日新聞 WEEKLY AERA 2008年4月28日号

http://www.asahi.com/paper/editorial20080423.html

母子殺害死刑―あなたが裁判員だったら

 勤め先から帰宅した本村洋さんは、押し入れの中で変わり果てた姿の妻を見つけた。生後11カ月の娘は天袋から遺体で見つかった。

 9年前、山口県光市で起きた母子殺害事件で、逮捕されたのは同じ団地に住む18歳になったばかりの少年だった。母親を殺害後に強姦(ごうかん)し、泣く幼子の首をひもで絞めていた。

 少年は広島高裁でのやり直し裁判で死刑を言い渡された。無期懲役の一、二審判決に対し、最高裁が「特に酌むべき事情がない限り、死刑を選択するほかない」と審理を差し戻していたので、死刑は予想できたものだった。

 被告・弁護側はただちに上告した。しかし、最高裁が差し戻した経過を考えれば、今回の死刑判決をくつがえすのはむずかしいだろう。

 少年は父親の激しい暴力にさらされ、母親は自殺した。判決は「被告の人格や精神の未熟が犯行の背景にある」としながらも、「動機や犯行態様を考えると、死刑の選択を回避する事情があるとはいえない」と述べた。

 この犯行のおぞましさや残虐さを見れば、死刑はやむをえないと思う人も少なくないだろう。

 一方で、もとの一、二審は少年に更生の可能性があるとして、死刑を避けた。多くの事件を扱っているプロの裁判官の間で判断が分かれたのだ。それだけ難しい裁判だったといえる。

 判断が難しい大きな理由は、少年が死刑を適用できる18歳になったばかりだったことに加え、被害者が過去の死刑事件よりも少ない2人だったことだろう。最高裁が83年に死刑を選択する基準を示してから、少年の死刑判決が確定したのは19歳ばかりであり、被害者は4人だった。

 その意味では、少年犯罪にも厳罰化の流れが及んだと言えるだろう。

 今回の事件が注目されたのは、本村さんが積極的にメディアに出て、遺族の立場を主張したことである。少年に死刑を求める、と繰り返した。

 被害者や遺族が法廷で検察官の隣に座り、被告に質問したりできる「被害者参加制度」が今年から始まる。被害者や遺族の感情が判決に影響を与えることが多くなるかもしれない。

 見逃せないのは、被告や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことだ。最高裁の審理の途中で弁護団が代わり、殺意や強姦目的だったことを否定したのがきっかけだった。こんな裁判の仕組みを軽視した番組づくりは、今回限りにしてもらいたい。

 1年後に裁判員制度が始まる。市民がこうした死刑か無期懲役か難しい判断も迫られる。事件は千差万別で、最高裁の判断基準を当てはめれば、機械的に結論が出るわけではない。

 自分なら、この事件をどう裁いただろうか。それを冷静に考えてみたい。

 ↑ トチ狂うアカヒ新聞の社説

TODAY1 ∞ たまたまだが、おとついの帰りの電車で、アエラを読んでいる方がいた。

朝日ジャーナル時代からの偏見で、アエラを読む人は日教祖の教師、組合の活動家、プロ市民、かつて学生運動に嵌った団塊の世代、左翼カブレの学生・・・くらいにしか思っていないので、はーん、この人はきっとプロ市民に違いない??(週刊金曜日ほどのレベルではないと思う)

なんぞと思っていたが、昨日の光市の事件の判決について、今朝のラジオ、ニッポン放送でウエちゃんがコメントしていたが、なんと、アエラを読んだそうな??

ウエちゃん、いったい何時から左巻きになったの???と思ったが、なんでも鬼畜弁護士として一般的には蔑まれている、安田弁護士が取り上げられており、例のドラエモンの話を語りはじめた時のことが書かれていて、それを読んだらしい。

へー、そうか、ウエちゃんも読むんなら、オレもシャレで買ってみるかと、昼休みに文教堂で購入360円。

・・・・・しかし、なんだ、この綺麗っぽい取り上げかたは・・・安田擁護臭が読む前から臭う

もうそれだけで読むのがイヤになったが・・・・・・・・帰りの電車で読もう・・

そうすると、アエラを読む私を見て、プロ市民と思う人がいたりして・・・

こんな忌まわしい雑誌は、早めに読んでから、日曜日に畑でゴミと一緒に焼却してしまおう・・・・もちろんザクティで撮影しながら・・・

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先物取引専門ドットコム

そういうサイトもある模様

http://www.sakimonotorihiki-senmon.com/rss/company/sakura_futures.html

先物取引は、小額の資金で大きな利益が取れる一方、思惑と逆に相場が動いた時には大きなリスクも生じます。
サヤ取引とは複数銘柄の「組み合わせ」の価格差で利益を求めていく売買手法です。色々な商品の間や、異なる市場などで、価格差が生じたときに、割高と思われる方を売り、割安と思われる方を買うという行為を同時に行うことで利益を得る取引手法のことです。連動性のある取引対象間で売りと買いの異なる銘柄であれば、可能な限りリスクを抑え、安定した利益を狙うことができます。

引用終わり

TODAY1 ∞ しかしまあ、こんなに会社があるとは知らなんだ。 偏見なのだが、こういう業種の売れない営業マンは死んだ魚の目をしている・・・・・ような

もちろん偏見で、この業種でマジメに働く方々を揶揄する気はないが、ある種、オームのような洗脳がされているのかも知れない・・・・

もちろん偏見だが・・・・

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洸陽フューチャーズ株式会社

http://www.sakurafs.com/company/gaiyo.html

旧洸陽フューチャーズ株式会社沿革
平成17年10月洸陽フューチャーズ株式会社(現大洸ホールディングス株式会社)の持株会社体制への移行に伴う商品先物取引関連事業の承継会社となる目的で、同社の完全子会社として設立。
また、同社より東京穀物商品取引所、関西商品取引所、東京工業品取引所、中部大阪商品取引所の各取引所商品取引員許可を承継
平成17年11月資本金を3億5,000万円に増資
平成18年3月商品投資販売業許可取得

旧さくらフューチャーズ株式会社沿革
昭和50年8月山口県下関市に久興商事株式会社を設立
昭和51年1月福岡市博多区に本社を移転
昭和62年8月大阪支店開設
平成5年4月東京支店開設
平成12年4月商号を「さくらフューチャーズ株式会社」に変更
平成17年10月東京都新宿区に本社を移転
平成17年12月オンライントレード「Swingboy」「i-Cue」開始
平成18年7月株式会社日本アイビックを吸収合併

両社合併平成19年7月合併。商号を
「株式会社さくらフィナンシャルサービシズ」に変更

TODAY1 ∞ さくらファイナンシャルサービシズ

http://www.ose.or.jp/listed/sj_ga/s8737.pdf

以下引用

http://www.isdnet.co.jp/~globary/itiran.htm

現在把握している悪質先物企業
 

アイメックス
アサヒトラスト
岡安商事
カネツ商事
カンサイフューチャーズ
グローバリー
光陽トラスト
洸陽フューチャーズ
コーワフューチャーズ
コスモフューチャーズ
さくらフューチャーズ
三貴商事
サンライズ貿易
新日本商品
第一商品
タイセイ・コモディティ
太平洋物産
太陽ゼネラル
東京ゼネラル
日光商品
日進貿易
日本アクロス
フジトミ
フジフューチャーズ
三井物産フューチャーズ
ミリオン貿易
明治物産
山文産業
米常商事
和洸フューチャーズ
 

これらの企業は明らかに客殺しです。

現在取引している方がいましたら、 
損切りになっても直ちに仕切って解約してください。

引用終わり

TODA1 ∞ ・・・なそうな、まあ全部が全部そうではないと思うが、人を騙すようなもんで、これまた騙されてしまう人間の弱い部分・欲望に付け込む業種ではあるが、それで飯を食ってる人もいる。

あんまり係りたくない人たちではある。


 

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18,179人

いまさらだが・・・・11万人ではなくて18,179人

http://www.nikaidou.com/2007/10/17/1.jpg

http://www.nikaidou.com/2007/10/17/3.jpg

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国賊 大江が生きていたとは

元隊長、集団自決「強制」を否定 「沖縄ノート」訴訟

2007年11月09日

 太平洋戦争末期の沖縄戦で住民に「集団自決」を命じたように書かれて名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の元隊長らが岩波新書「沖縄ノート」著者の大江健三郎さん(72)と出版元の岩波書店に出版差し止めや慰謝料1500万円を求めた訴訟で、原告・被告双方に尋問をする口頭弁論が9日午前、大阪地裁で始まり、元隊長は「自決命令なんか出していない」と「強制」を否定した。大江さんの陳述は午後にあり、証言が多数あることを示して反論するとみられる。

写真大阪地裁に入る原告の梅沢裕さん(左)と赤松秀一さん=9日午前10時すぎ、大阪市北区で
地図   

 高校日本史教科書の検定で「強制」の記述が削除されるきっかけになった裁判は、ノーベル賞作家と元隊長が出廷する山場を迎え、693人が65の一般傍聴席を求めて列をつくった。

 原告は、座間味島の部隊を統括する戦隊長で少佐だった梅沢裕さん(90)と、渡嘉敷島の戦隊長で大尉だった赤松嘉次さん(故人)の弟秀一さん(74)。両島は沖縄西南部にあり、地元郷土史などによると、米軍が上陸した1945(昭和20)年3月に座間味で約130人、渡嘉敷で300人以上の住民が集団自決したとされる。

 大江さんは「沖縄ノート」で、証言を集めた文献を引用しながら、日本軍の命令で集団自決が両島であったと触れ、実名を出さずに「責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひとつあがなっていない」などと記した。

 梅沢さんは原告側弁護士の質問で、米軍の空襲が始まった後、村人5人から「軍の足手まといにならないよう自決する。手榴弾(しゅりゅうだん)を下さい」と頼まれたが、「とんでもないことを言うんじゃない。死んではいけない」と制止したと説明した。

 さらに、生存者らが戦後に「日本軍の命令があった」と証言したのは、遺族年金を得るための「うそ」と指摘した。本で実名を挙げられていない点については「島の隊長は私しかいなかった」と述べ、特定は容易とした。

 大江さん側の弁護士の尋問で「軍の責任を認めるような内容の手紙」を生存者に出していると問われると、「一番責任があるのは米軍。我々は島に駐屯した以上、全く関係ないとは言えないという趣旨だ」と答えた。

 午後の大江さんへの尋問は約2時間を予定。

 《「沖縄ノート」訴訟と教科書検定》 沖縄戦で旧日本軍が住民に集団自決を命じたかをめぐり、大阪府在住の元軍人と遺族が05年8月に提訴。文部科学省が今年3月に発表した教科書検定にも影響し、「軍の強制」に修正を求める検定意見がついた。だが9月、沖縄で11万人(主催者発表)が異を唱えて超党派の県民大会を開き、表現を削除した教科書出版5社も、記述を復活させる訂正を文科省に申請している。

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中核派 前進 情宣動画

http://www.zenshin.org/index.htm

http://video.nifty.com/cs/catalog/video_metadata/mylst/srt_new/uid_0000003344/pgcnf_9/1.htm

ニフティβだが、こんなに身内を撮影して、警察に面がワレたらどうすんだ??と思ったが・・

昔と違って、こういう過激派に入る新人も少ないし、やってる活動家はとっくにマークされているからワザワザ顔写真を撮る必要がないのかも知れない。

そんなだから「あっ俺が映ってる・・ハハハ」くらいの感覚なのかも知れない。

F2318_1_2

以下 前進から引用

銀座を解放区にしたデモ 集会後、参加者は意気高くデモに出た。警察が弾圧し、右翼が妨害を試みる中、デモ隊の闘志はますます燃え上がった。途中、警察が一人の仲間を不当にも逮捕した。怒りに燃えたデモ隊は、銀座通りに出ると道路いっぱいに広がった。デモ隊の渦の中に警察の指揮官車が孤立する。何梯(てい)団かに分かれた隊列はいつしかひとつにまとまった。長蛇の列が続き、銀座は解放区と化した。警察の規制をはねのけ、デモ本来のあり方を実力で取り戻したのだ。戦闘的デモを貫徹し、どの参加者も晴れ晴れとした表情だ。11・4は革命に向かう歴史的一歩を確実に切り開いた。

http://www.zenshin.org/f_zenshin/f_back_no07/f2318sm.htm#a2_1

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